2026.07.21
松本・安曇野・塩尻・大町 花火大会&お祭り特集【8月編】
by ぐるっと松本編集部
『たかき山つつめる雲を前にして 紅き灯にそむ浅間の湯かな 晶子』
この句は昭和11年初秋、上高地からの帰途に富貴の湯旅館(現・伊東園ホテル浅間の湯)へ宿泊中の作で、晶子が筆したものを拡大して昭和32年春に旅館主の滝沢久馬雄が神宮寺境内に建立しました。
守屋貞治(1765-1832)は高遠の出身で県内外に作品を残す名石工です。67年の生涯で340躯もの石仏を彫り上げ、その中でもこの延命地蔵は指折りにはいる名作といわれ、願い事が叶うといわれています。
道祖神は地域の守り神として、五穀豊穣・無病息災・子孫繁栄を祈願し、 集落 の境や村の中心、 村内と村外の境界や道の辻、三叉路などに主に石碑や石像の形態で祀られています。
浅間温泉には10基の道祖神が鎮座しています、それぞれ形が違うので見つけて見比べてみましょう!
玄一郎の本名は小岩井源一。浅間温泉香蘭荘の主人であり、長野県詩人協会会長、本郷村第13代村長を務めました。
この句は芭蕉が父の三十三回忌のため江戸から故郷の伊賀上野に戻る際に詠まれた句の一つです。句碑は真観寺に建立された後、大正5年に浅間公園を造った際に現在の場所へ移されました。
機一は江戸神田生まれの俳人。この句は近くにあるしだれ桜の古木の花を詠んだものです。大正10年9月に建立されました。
三川は明治時代の俳人。長野師範(現・信州大学教育学部)をでて教職につき、結核で療養中の明治29年から正岡子規に教えを受けました。 境内には大黒様の石碑が鎮座しています。
聴秋の本名は上田肇、岐阜県大垣市生まれの俳人。大正6年5月浅間公園・不動の滝を造った時に建立。信州へ度々来遊し門下に俳人を多く出しました。
柏亭は明治から昭和時代の画家。生まれは東京ですが戦時中浅間温泉に疎開し多くの作品を残すなど縁の深い人物。この句は日本が太平洋戦争に敗戦した翌春に詠まれたものです。
自由律俳句を提唱した俳人。大正初年に鷹の湯を訪れて以来60年の因縁をもち、句碑は昭和50年の改築記念に建立されました。
石川県出身、京都大学で教育学を深め県下の学校で度々講演をし、教育愛を説いた。碑の文は昭和11年10月26日の日記に記された内容が刻まれています。
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